奥細道管菰抄

蓑笠庵梨一『奥細道菅菰抄』
蓑笠庵梨一<さりゅうあんりいち>『奥細道菅菰抄』<おくのほそみちす がごもしょう>の著者蓑笠庵梨一(1714~1783)は、高橋氏、武藏児玉出身。江戸中期の芭蕉研究家。『奥の細道』の厳密な注釈をした研究者として知られ、今日でもその成果は参照される。梨一は、奥の細道を実際に自分でも歩き、古今東西の文献を渉猟して、偉業を成した。芭蕉の門弟以外で最も優れた芭蕉研究家の最初の人である。
参照:蓑笠庵梨一『奥細道菅菰抄』(http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/topics/bashoden.htm#tyu1)より

蓑笠庵梨一(高橋梨一)<さりゅうあんりいち>
1714年(正徳4年)、現在の埼玉県(武蔵国)で生まれる。
丸岡藩に仕え、藩士に学問を講義する。
石城戸に塾「蓑笠庵(さりゅうあん)」を開き、多くの生徒を育てる。
梨一顕彰会により、昭和56年、八幡町の台雲寺境内に、二百回忌供養記念句碑が建てられる。句碑には『咲くほどに夜の間にこぼす小萩かな 梨一』と刻まれている。
-(財)丸岡町文化振興事業団「梨一賞」より-

[紹介資料]
1.みくに龍翔館第26回特別展 藩校・私塾・寺小屋と近代教育への歩み:坂井市域の教育史から
  請求記号:H069||MIK 登録番号:1000518751 所在:郷土資料室